空しさの行方
空しさについてよく考えます
相談を受けることもあります
最近、アンテナに引っかかったのは
新聞のきたやまおさむ先生のコラム
精神科医で作詞家でもおられる彼も
空しさをかみしめながら生きている
どれだけ詩を書いても著作が多くても
空しいと感じているのだと。
何かを「する」ことで埋めようとしても際限がない
これは身に染みて思います
つい、新たな習い事や趣味をあてがうこと
何かをすることでそれを埋めようと試みます
でも空しさは消えていかないのです
彼はこう書いていました。
空しさを無理に埋めようとする必要はない
味わいながらごまかしごまかし生きていく
小出しにかみしめながら生きていくこと
それを、ないものとして無視していると
いつか空虚というモンスターに襲われる
彼ほどの人でも空しさを感じているとしたら
私ごときが空しくても当たり前
もしかしたら空しさ込みの人生なのかもしれません
とりたてて何かを「する」わけでもなく
誰かと一緒の時間でも
ひとりでボーッとする時間でも
ただ「いる」だけで安らげる場所で
空しさをちょっとずつ味わいながら
これからも生きていくことになりそうです
最近のお気に入りの居場所のひとつ
庭でひっそり焚火を眺めてます
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